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JEWEL

JEWEL

蝶々結び 第1話

ずっと、誰かを探していた。

“藍湛!”

そう言って屈託の無い笑みを浮かべていた誰かを。
「江澄、早く来いよ!」
「おい待て、初心者でお前みたいに上手く滑れると思うなよ、魏無羨!」
「お~怖っ!」
ふと賑やかな声がして藍忘機がスケートリンクの方を見ると、そこには自分と同い年位の二人の少年と、彼らの姉と思しき少女の姿があった。
「阿羨、ちゃんと周りを見ないと駄目よ?」
「わかっているって!」
魏無羨は、この日義姉・江厭離と義弟・江澄と三人でショッピングモール内にあるスケートリンクへと来ていた。
スケートリンクのバーを掴んで離れようとしない江澄と比べ、彼と同じ初心者である魏嬰は、まるで水を得た魚のように、スケート靴で優雅に氷上を滑っていた。
「魏嬰!」
突然背後から声を掛けられ、魏嬰が振り向くと、スケートリンクの向こう側から一人の少年が自分の事を見ていた。
年の頃は、自分と同い年位だろうか。
子供用のスーツを着ている彼は、じっと薄い琥珀色の瞳で自分を見つめていた。
「お前、どうして俺の名前を・・」
「坊ちゃん、そろそろ行きませんと。」
少年の隣に立っている彼の秘書と思しき少年は、そう言って少年の手をひいた。
(何だったんだろう?)
「そこの君!」
「え?」
シャッと、氷を削るような音がした後、全身金色のスーツを着た一人の男が現れた。
「わたしと一緒に世界の頂点を目指さないか!」
「え、あの・・」
「先程君の滑りを見せて貰った!初心者とは思えぬ程の美しい滑り!君なら必ず、世界の頂点に立てる!」
「おじさん、誰?」
「失礼、わたしはこういう者だ。」
謎の金キラ男は魏嬰に一枚の名刺を手渡すと、瞬く間に去っていった。
「どうしたんだい、忘機?今日は上の空だね?」
「申し訳ありません、兄上。」
「謝らなくてもいい。その顔を見る限り、何かあったんだね?」
「“彼”に、会いました。」
「・・そうか。」
琴の稽古中、藍湛はあの少年の事ばかり考えていた。
あのショッピングモール内のスケートリンクで見た少年は、紛れもなく、かつて自分が心から愛した道侶だった。
「わたしは・・」
「もう部屋で休みなさい。」
「はい。」
兄との食事を終え、藍湛は自室に入って溜息を吐いた。
また、“彼”に会えるだろうか?
「変な奴に声を掛けられた?」
「あぁ。金ピカスーツの男で、突然俺に、“世界の頂点を目指さないか!”って言って来たんだぜ?」
「へぇ・・」
「あ、名刺貰ってた。」
魏嬰はそう言うと、江澄に一枚の名刺を手渡した。
そこには、“金ホールディングスCEO 金光瑤”と印刷されていた。
「金ホールディングスだと!?今や飛ぶ鳥を落とす勢いの財閥じゃないか!」
「え、そんなに凄いの、あのオッサン?」
「おい魏無羨、お前は養子だが仮にもうちの江家の一員なんだから、少しは社交界の事も勉強しろ!」
「え~」
翌朝、魏嬰が江澄と共に教室に入ると、何やら女子達が色めき立っていた。
「ねぇ、今日でしょ、転校生来るの?」
「どんな子かなぁ?」
「あ、来たよ。」
魏嬰が窓の方から外を見ると、丁度黒塗りのリムジンが校内に入って来た。
そこから、美しい琥珀色の瞳をした少年が降りて来た。
彼は、あの時ショッピングモールで会った少年だった。
(あれ、あの子・・)
「みんな、今日から新しくこのクラスで勉強する事になった、藍忘機君よ!」
「よろしく、お願い致します。」
そう言って魏嬰達に頭を下げたのは、スーツ姿の少年だった。
「ねぇ、あの子イケメンじゃない?」
「本当だ!」
癖のない黒髪と、雪のような白い肌、そして宝石のような琥珀色の瞳―確かに、彼は女子達が今まで見た男子達とはかなり、というか自分達とは全く違う世界の人間だ。
そう、まるでディズニー映画に出て来るような王子様のイメージだ。
(まぁ、人違いかなぁ・・)
魏嬰がそんな事を思いながら窓の外を見ていると、一羽の烏が窓際に止まり、コツンコツンと鋭い嘴で窓を叩き始めた。
(うるさいなぁ・・)
「じゃぁ、藍君の隣は・・」
「先生、あの子の隣がいいです。」
そう言った少年は、まっすぐな瞳で魏嬰を見つめた。
「まぁ、そうなの。じゃぁ魏嬰君、色々と藍君に教えてあげてね。」
「は、はい・・」
自分の隣の席に腰を下ろした藍忘機少年は、穴が開く程魏嬰を見つめていた。
(な、なんだ?)
「なぁ江澄、俺と席替わってくれないか?」
「どうした、急に?」
「いや、あの・・」
魏嬰は少し周囲を見渡した後、江澄の耳元でこう囁いた。
「今日から来た奴、暇さえあれば俺の事を見つめてくるんだよ。」
「気の所為じゃないのか?あの藍の二の若様が、お前に興味を持つ筈がないだろう。」
「え、あいつって金持ちの子なの?」
「お前なぁ・・」
「魏嬰、探したよ。」
突然左腕に痛みが走り、魏嬰が顔をしかめながら背後を振り向くと、そこには売店の紙袋を左手に持った藍湛が立っていた。
「藍湛、それは?」
「君が欲しがっていたお菓子が売っていたから全部買った。」
「そうか、ありがとう。って、そろそろ腕放して?痛いから放してって、凄い力だ!」
中々魏嬰から離れようとしない藍湛を、江澄が慌てて引き剥がした。
「あ~、まだ掴まれた所が痛てぇ・・」
「一体お前あいつに何をしたんだ!」
「お帰りなさい、二人共。あら阿羨、その袋は何?」
「これは、今日転校生が俺にくれたんだ!」
「まぁ、そうなの。」
「魏嬰、来なさい!」
「は、はい・・」
「お母様、何かあったのですか?」
「あなた、藍の二の若様にお菓子を奢らせたんですってね!?」
「そんな事、していません!」
「まぁ・・」
「魏嬰の話は本当です、お母様!藍の二の若様は、魏嬰の為にお菓子を買ったんです!」
「江澄、お前はどうしてこの子の肩を持つの?」
「止めないか。魏嬰、江澄が言った事は本当なんだね?」
「はい、間違いありません。」
「そうか。ではこれから、藍家に行こう。」
帰宅した魏嬰は、江夫妻と共に藍家へと向かった。
「夜分遅くに突然伺ってしまって、申し訳ありません。」
「いいえ。こちらこそ、うちの甥がそちらにご迷惑をお掛けしてしまったようでして・・」
藍家の客間で、江夫妻と魏嬰、江澄は、藍啓仁と藍湛と向かい合うかのような形で座っていた。
「叔父上、わたしが勝手にした事です。ですからどうか、彼を・・」
「わかった。」
「魏嬰、さっきはお前を疑って怒鳴ってしまってごめんなさい。」
藍家から帰宅した後、虞夫人はそう言って魏嬰に頭を下げた。
「いいえ、そんな・・」
「それにしても、藍の二の若様がどうしてあなたの事を気に入ったのかしら?」
「それは俺にもわかりません・・」
「そう。今夜はもう遅いから、寝なさい。」
「はい・・」
その日の夜、魏嬰は変な夢を見た。
夢の中で、魏嬰は黒い服を着て笛で屍を操っていた。
―魏嬰、やめるんだ!
誰かの声が聞こえたが、顔が見えなかった。
(あの夢は、一体何だったんだ?)
そんな事を考えながら魏嬰が家族と朝食を囲んでいると、家政婦が何処か慌てた様子でダイニングに入って来た。
「奥様、お客様がいらっしゃいました!」
「お客様ですって、こんな朝早くに一体誰なの!?」
「それが、金ホールディンクスのCEOの方で、魏嬰様にお話があると・・」
「まぁ、金さんが、一体魏嬰に何の用なのかしら?」
「それは・・直接魏嬰様にお話ししたいと・・」
朝食の後、魏嬰が虞夫人と客間へと向かうと、そこには金ピカスーツ姿の金光瑤がソファに座っていた。
「金さん、こんな朝早くから一体何の用ですの?」
「朝早くからお訪ねしてしまって申し訳ない。実は、魏嬰君に我が社が経営するスケートスクールに通わせてみませんか?」
「は?」
金光瑤の言葉を聞き、魏嬰と虞夫人は少し戸惑った。
「実はこの前、魏嬰君の滑りを拝見しましてね!スケート初心者でありながら美しいフォルムと見事な体幹の良さに、わたしは魅せられました!魏嬰君はダイヤモンドの原石です!是非とも、我がスクールに・・」
「それは本人の意思を尊重しませんと・・」
「何だか面白そうだから、やってみたい!」
「そうか!」
ひょんな事から、魏嬰は金ホールディンクスが経営するスケート教室に通う事になった。
「え?」
「魏嬰、ここに通う事になったのか?」
「そ、そうだけど・・」
何故、藍湛がここに居るのだろう―そんな事を藍湛が思っていると、藍湛はじっと魏嬰を見つめて来た。
「な、何?」
「これから、一緒にスケートを学べるね。」
「あ、あぁ・・」
「やぁ、来てくれたのか!」
「金さん・・」
「さぁ、みんな揃った所だし、始めようか!」
スケート教室初日、魏嬰達は基本的な滑りを習っていた。
同年代の生徒達はスケートリンクのバーに掴まって離れない子が多い中、魏嬰と藍湛だけはスケートリンクの中央まで難なく滑っていた。
「素晴らしい!やはりわたしが見込んだ通りだ!」
結局、金光瑤は二人ばかりを褒めたので、教室初日の空気は微妙なものとなった。
「あ~、疲れた。」
「魏嬰、一緒に帰ろう。」
「う、うん・・」
「忘機、スケート教室は楽しかったかい?」
「兄上・・」
更衣室から出た二人の前に、名門進学校の制服を着た少年が現れた。
「はじめまして。わたしは忘機の兄で、藍渙と申します。どうか、忘機と仲良くしてやってくださいね。」
「は、はい・・」
帰りの車の中で、藍渙は何処か嬉しそうな顔をした藍湛を見て、笑った。
「お帰りなさいませ。藍渙様、金様からお電話が・・」
「わかった。」
藍渙が居間に入り、メイドから電話の受話器を受け取ると、彼の耳に聞き慣れた、懐かしい人の声が流れ込んでいた。
『兄上、お久しぶりです。』
『久しぶりだね、元気にしていたかい?』
『はい。兄上、明日放課後に会えませんか?少し、お話ししたいことがあるのです。』
「・・わかった。会えるのを楽しみにしているよ、阿瑤。」
『また、その名で呼んで下さるのですね、兄上。』


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